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「バルトの庭」へ寄ってみた・・・しょの最後

オーケストラ練習
いよいよ「バルトの庭」へ来た一番の目的をお見せしましょう・・・
ドイツ人俘虜パウル・エンゲルは、軍楽隊を経て上海工部局管弦楽団にヴァイオリン奏者として在籍していた音楽家です・・・
エンゲルは、収容された丸亀俘虜収容所で「丸亀保養楽団」を結成して盛んに音楽活動をしていました・・・
上の写真は、丸亀俘虜収容所から坂東俘虜収容所へ移送されたエンゲルによって拡充された「エンゲル・オーケストラ」の練習風景です・・・
「エンゲル・オーケストラ」は久留米から移送されて来たドイツ人俘虜が、坂東俘虜収容所へ到着した際、行進曲を演奏して歓迎したそうです・・・WIKIより・・・
当時の坂東俘虜収容所には、ヘルマン・リヒャルト・ハンセン指揮で45人編成の徳島オーケストラと同じく45人編成でパウル・エンゲル指揮のエンゲル・オーケストラ、2組の吹奏楽団とそれぞれ60人編成の2組の合唱団があったそうです・・・
吹奏楽団と合唱団の写真などは「バルトの庭」には有りませんでしたが、もう一人のガイドさんが教えてくれました・・・
とすれば、日本で始めてベートーベン交響曲第九番を演奏したのは、パウル・エンゲル指揮なのか?ヘルマン・リヒャルト・ハンセン指揮なのか?どちらなんでしょう???
少なくとも吹奏楽団ではないと思いますが・・・
オーケストラ練習風景
ヘルマン・リヒャルト・ハンセン指揮の徳島オーケストラの練習風景だそうです・・・
ヘルマン・リヒャルト・ハンセンは、シュレースヴィヒのグリュックスブルク生まれで、オーデル川河口の港湾都市シュテッティンで音楽教育を受けたそうです・・・
詳しくは此方を・・・ドイツ人俘虜人名の(50)を・・・
青島で、俘虜と成り坂東俘虜収容所に移送されて、「徳島オーケストラ」を結成しました・・・
エンゲルに関しては結構資料が見つかるんですが、ハンセンに関してはドイツ人俘虜人名にしか資料が見つかりませんでした・・・
ドイツ人俘虜人名に寄れば、弦楽オーケストラと吹奏楽団の二つの楽団を率いて、パウル・エンゲルとともに板東収容所での音楽活動で数々の曲を日本で初演し多大の功績を残したそうです・・・
1918年6月1日、板東収容所で徳島オーケストラが第2回コンサートを開催、日本におけるベートーヴェンの「第九交響曲」の全編が初演されましたが、其の際にオーケストラの指揮を執った様です・・・
エンゲルと違ってヘルマン・リヒャルト・ハンセンが徳島オーケストラを結成して日本で始めてベートーベン交響曲第九番を演奏したと言うことは、余り重要視されなかったんでしょうかねぇ~???
「徳島オーケストラ」は現在でも活動しているようですが・・・

オーケストラ演奏
ヘルマン・リヒャルト・ハンセン指揮の徳島オーケストラ公演です・・・
坂東俘虜収容所の池畔にある音楽パビリオンでの公演です・・・
対外的に演奏する場合はここで演奏し、収容所内で内部向けに公演する場合は、バラッケ1に公演用のホールがあり、其処で行われたようです・・・
残念ですがバラッケ1や音楽パビリオンなどは現存していないようです・・・

オーケストラ聴衆
聴衆は、池の反対側にあるシグナルベルク"と呼ばれていた場所に座り聞き入って居たと言います・・・
舞台は池の向こう側に有る↑の音楽パビリオンです・・・

当時の楽譜
当時使われていた手書きの楽譜です・・・
ハ音とヘ音が一緒に記入されていますから、恐らくピアノ譜かオルガン譜なんでしょうか???
オーケストラとかのパート譜やフルスコアで無い様ですねぇ~・・・
しかし、楽譜など良く手に入ったものですねぇ~・・・
ドイツ人の援助委員会の手助けに寄るものでしょうねぇ~・・・
まぁ~基本の楽譜が手に入れば、編曲やパート譜への変更は音楽家が居ましたから簡単だったのでしょうねぇ~・・・

酒保02
最後に案内されたのがこの「酒保」です・・・
驚いたことに、収容所内にもかかわらずワインやビールが作られて、後には蒸留設備を備えたウイスキー醸造も行っていたそうです・・・
勿論、ドイツ人自身が作っていましたが・・・
アルコールは、生活必需品と見られていた様ですねぇ~・・・

酒保店内
ここで、ドリンク券を渡すと、麦茶が出てきました・・・
てっきりインスタントのコーヒーか紅茶が出るものと思っていましたが・・・
まぁ~最近はコンビニで煎れ立てのコーヒーが飲めますから、暑い日には返って有り難い麦茶ですが、中途半端な暑さでは矢張りコーヒーか紅茶が欲しかった・・・

軍服等
「酒保」内には、映画などで使われた軍服やお遍路さんの衣装などが、無料で着て記念写真を撮ったり出来ます・・・
映画で使われた小銃やサーベル、青島総督のアルフレート・マイヤー=ヴァルデック少将が松江所長に贈ったステッキなども有りますから、いろんな人に成り切って色んなポーズで写真が撮れるのは楽しいですねぇ~・・・(笑

松江豊寿所長
最後にこの人を紹介するのを忘れてはいけませんねぇ~・・・
坂東俘虜収容所を模範収容所に作り上げ、音楽などの文化、農業や酪農、ワイン造りやビール造り、ソーセージやパンなど沢山の技術をドイツ人俘虜から学び、日本に根付かせた偉大な軍人「松江 豊寿」所長です・・・
ドイツ人が、坂東と言う日本の片田舎で何一つ無いところからワインやビールを造り、酪農をして牛乳を絞ってバターやチーズを作り、農業でジャガイモやトマトを作り、耕作した小麦でパンを焼き、石橋を造り、音楽を伝えました・・・
こういう活動が、根付いたのも「四国八十八箇所」と言う巡礼文化があり、お接待と言う異国の人を受け入れる文化があってこそでしょうねぇ~・・・
残念ながら、ドイツ人俘虜が伝えた技術で造られた坂東の名産品は現在無いようですが、是非ともソーセージやビール、ワインなどの名産品を造って欲しいものですねぇ~・・・
本物なら、時代を超えても残っていくことでしょう・・・
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4Comments

北さん  

このシリーズ興味深く読ませて貰いました。
今まで考えもしなかった新たな事も多く知ることが出来ました。
最後に≪偉大な軍人「松江 豊寿」所長≫に乾杯です。v-275
あっと、ご紹介頂いた我楽多写楽さんにも乾杯!v-275

2014/05/26 (Mon) 15:44 | EDIT | REPLY |   

@我楽多  

Re: 北さん・・・

> このシリーズ興味深く読ませて貰いました。
> 今まで考えもしなかった新たな事も多く知ることが出来ました。
> 最後に≪偉大な軍人「松江 豊寿」所長≫に乾杯です。v-275
> あっと、ご紹介頂いた我楽多写楽さんにも乾杯!v-275
いやいや世の中には、意外と身近なところで意外な出来事が有るんだなぁ~って思いました・・・
まさか丸亀で毎年行われている第九の演奏会に、こんな出来事が隠れているとは思いもよりませんでした・・・
第二次世界大戦では、東条英機の示達した訓令(陸訓一号)の一節に「生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ」によって、死ななくても良い人達が、何人無駄死にをしたかを思うと、松江豊久の志の高さと武士道に敬意を払いたくなります・・・

2014/05/26 (Mon) 18:22 | EDIT | REPLY |   

私はタワシ  

なかなか興味深く読み応えのある記事でした。
丸亀にこんな歴史があったんですね~丸亀といえばうどんしか連想できなかった自分が恥ずかしいです。
手書きの楽譜は、歌とピアノ伴奏用ですね。よく残っていましたね。貴重な資料です♪
松江豊久・・・ほんとに偉大な人ですね。もっともっと広く世に知られてもいい人だと思いました。

2014/05/27 (Tue) 11:45 | EDIT | REPLY |   

@我楽多  

Re:私はタワシさん・・・

> なかなか興味深く読み応えのある記事でした。
> 丸亀にこんな歴史があったんですね~丸亀といえばうどんしか連想できなかった自分が恥ずかしいです。
いえいえ、私も「バルトの庭」へ行ってガイドさんの説明を聞くまで全く知りませんでした・・・
丸亀市が、年末恒例行事の一つをやっているんだなぁ~位しか思っていませんでしたし・・・

> 手書きの楽譜は、歌とピアノ伴奏用ですね。よく残っていましたね。貴重な資料です♪
本物は、ドイツ館と言う博物館に収蔵されて居て、「バルトの庭」に有るのはコピーだそうです・・・
でも、散逸しやすい資料をよくぞここまで集めて、残してくれたと感謝以外有りません・・・

> 松江豊久・・・ほんとに偉大な人ですね。もっともっと広く世に知られてもいい人だと思いました。
世の中には、偉大な功績を残しながら、世間に知られていない人が意外と居るんだなぁ~って思いました・・・
特に明治や大正には、知られていない偉人が沢山居ると思いますねぇ~・・・

2014/05/27 (Tue) 18:11 | EDIT | REPLY |   

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