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「バルトの庭」へ寄ってみた・・・しょの4

田植え04
気が付くと田母神様の有る田圃では、田植えが終わっていました・・・
周りの田圃でも、田植えの真最中ですねぇ~・・・
今年は、田植えの時期も判断が難しいそうで、最低気温が低くて一向に高く成ってくれないそうです・・・
最高気温は、すっかり田植えの時期の気温らしいんですが・・・
田植えをしている農家も、戸惑いながらの田植えだそうです・・・
何でも、今年はエルニーニョ現象が出ているそうで、そうなると日本では冷夏になるそうです・・・
冷夏の年はできるだけ早く田植えをして、遅くに刈り取るようにしないと平年の収量が確保できないそうですから、見切り発車のような田植えだそうです・・・
ん~農家も気象情報などでは結構情報を仕入れているんだなぁ~って思いました・・・
昔のような感に頼った農業では、これからのTPPなどを乗り切れないんだそうですが・・・
歳を取ったら暢気に百章でもって思っていましたが、農業もそんなに気軽に出来ない時代なんですねぇ~・・・
そんな事をシミジミ思いながら田植えを見ていました・・・
んでは、「バルトの庭」の続きをば・・・
洗面所
前回兵舎の入り口左に写っていたのが、この洗面所です・・・
排水溝が中央に有って、大勢が使う洗面所として合理的に出来ていますねぇ~・・・
ただ洗面台からどういう風に排水していたのかは、よく判っていないそうです・・・
ドイツ人の生真面目さから、排水設備は無くて地面に滲み込ませるなどと言う、いい加減なことはしないでしょうから、何らかの排水設備は有ったはずだとの事でしたが・・・
なので、この洗面台もその辺は曖昧に作られています・・・

天水桶
雑用水はこの様な天水桶に貯めた雨水を使っていたようです・・・
飲料水は山から木製の樋で引いていたそうですが、詳しいことは判らないそうです・・・
排水もどうやっていたのか???
飲料水は何処からどういう風に引いていたのか???
1000人もの俘虜が使う水ですから、飲料用以外にパンや料理などに相当大量な水を消費していたはずですから、それに伴う排水も大量になる訳です・・・
ん~結構近い時代なのに謎が多いのにはびっくりしました・・・

将校宿舎
兵士用の兵舎とは別棟で将校用の兵舎が有ります・・・
此方は当たり前ですが、兵士用より小振りですねぇ~・・・
兵士より人数自体が少ないので、兵舎が小振りなのは当たり前ですが、其の造り自体は外見的には兵士用のバラッケと同じ様ですねぇ~・・・
では中へ入ってみましょうか・・・

将校宿舎内部
どうやら兵士用とは違って狭いながらも個室に成っているようですねぇ~・・・
しかも板の内張りが有ったり、部屋も兵士用と比べて3人部屋を1人で使うような感じですねぇ~・・・
ベットなどは2段か1段かの違いだけで、特に造りには変わりが無い様です・・・
でも、これだけの差でしか有りませんが、生活してみると其の少しの差が、大きな違いになるんでしょうねぇ~・・・
映画では、青島総督のアルフレート・マイヤー=ヴァルデック少将 は、完全に別棟の一軒家だったようですし・・・

射的場
その他に「射的場」が、ありました・・・
本来「射的場」として建てられたかものでは無く、板西警察署の警備警察官詰め所のセットを流用しています・・・

山口雑貨店
所内にはこんな雑貨屋さんの建物もありました・・・
店先に置かれた乳母車などは何か昭和にも通じるノスタルジックなムードが有りますねぇ~・・・
大正と言われても、昭和と言われてもどちらにも頷けるムードです・・・
しかし、反対に言えばそれだけ大正も昭和も民衆は貧しかった訳で、幾ら大正時代が短いといっても、第2次大戦後まで20年ほども有った事を思えば、民衆は物質的にはそれ程豊かではなかったと言うことでしょう・・・
でも、物質的に豊かになった現代には無い、家族が身を寄せ合い、外国人とも助け合って暮らす事が出来た精神的な豊かさが有ったと思うのは、単なる郷愁でしょうか・・・???
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