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「バルトの庭」へ寄ってみた・・・しょの2

丸亀収容所
兵舎内の展示は、写真で坂東捕虜集要所を紹介していましたが、その中にこんな写真が・・・
そうなんです!香川県のドイツ兵収容所「丸亀収容所」での当時の写真(コピー)です・・・
大正3年、324名のドイツ兵俘虜が送られて来て、丸亀市塩屋町の本願寺塩屋別院に収容されました・・・
その俘虜の中に、軍楽隊を経て上海工部局管弦楽団にヴァイオリン奏者として在籍したエンゲルという音楽家がいました・・・
彼は音楽的才能が高く、彼を中心に収容所の中に「丸亀保養楽団」が編成され、徐々に音楽活動が行われるようになり、収容所閉鎖までの2年5ヶ月の間に通算26回もの演奏会が開かれています・・・
また、エンゲルは収容期間中に丸亀高等女学校で演奏を行う等、地域における音楽活動も積極的に行っています・・・
その名残で、2001年から2003年まで計3回、エンゲルの名を冠した「エンゲル祭」が開催されたりしました・・・
彼は2年半後、松山・丸亀・徳島の3つの収容所の統合移転により新設された板東俘虜収容所に移った後も、丸亀保養楽団を拡充した「エンゲル・オーケストラ」を率いて活発な演奏活動を行ったそうです・・・以上WIKIより・・・
そんな事情が有ったので、丸亀市が当時開催されていたエンゲル祭を再開したんですねぇ~・・・
でも、3回で止めてしまって勿体無い気もします・・・
まぁ~お金が掛かる事なので仕方がないと言えばそれまでですが・・・

所長執務机
写真展示は沢山有って紹介しきれない程です・・・
なので、追々紹介していくとして、写真展示場所の右側には収容所長室が有りました・・・
執務机が一つポツンと置かれた部屋は、書庫が有る訳でもなくガランとした何か寂しい部屋ですが、南東の角部屋で日当たりも良く、風通しも良かったので快適だったでしょうねぇ~・・・
私が勤務している部屋は、窓が書庫でふさがれて、風が通る窓は2面ほど・・・
まぁ~昔と違って空調されていますから、暑さ・寒さは無縁ですが、矢張り自然の光と風は快適ですねぇ~・・・
部屋の中には収容所のドイツ兵が作ったり持ち込んだりした品物が展示されています・・・

ボトルシップ
収容所内を一般公開した時に展示されたボトルシップです・・・
当時、こんなものが作られていたんですねぇ~!!!
ガラス瓶も一番左のガラス瓶は、魚の形をしていて恐らく外国で作られたガラス瓶ではないかと思います・・・
当時の日本には、未だこう言う装飾のガラス瓶を作る技術は、都会の極限られた職人でないと無理だったでしょうねぇ~・・・

拳銃
先込め式のフリントロック拳銃ですねぇ~・・・
当時は既に薬莢式の銃が出回っていましたから、恐らく儀礼用か装飾用では無いかと思います・・・
でも、捕虜に先込め式とは言え殺傷能力の有る拳銃を持たせたんでしょうかねぇ~???
それともドイツ人捕虜からの没収品なのでしょうか???
結構骨董品の拳銃なのですが、映画の小道具だったと言う落ちではないでしょうねぇ~・・・
どちらにしても何も説明が無いのではっきりした事は判りません・・・

カメラ
古い蛇腹カメラが展示されていました・・・
恐らくアメリカのコダック社のカメラで、ロールフィルムを使用し、ベストのポケットに入るほどの大きさに折り畳め、取り扱いも簡便で誰でも容易に撮影できるという「ベスト・ポケット・コダック」と言うカメラでしょう・・・
もちろん、アマチュア用ですが、実用に耐える性能を備え、価格もリーゾナブルでしたから全世界に普及し、当時の日本にも多数輸入されていました・・・
当時のドイツは、第一次大戦後、不況にあえぎドイツ国内の4つのカメラメーカーが統合して出来たのがツアイス・イコン社です・・・
しかし、フィルムの出現当初は解像度も不充分で、品質の信頼度も充分はでは無かったようです・・・
なので、高級カメラは乾板を使い、また職業写真師も乾板の方を好んだと伝えられています・・・
しかし、捕虜でありながら当時高価なカメラを買い、フイルムを買い、現像・プリントをしていたんですねぇ~・・・
結構ドイツ人捕虜はお金持ちだったのかも・・・???
他にも展示品は有りましたが、船とかカメラに目が行って、他の展示品は殆ど見ていないといいますか、関心が有りませんでした・・・(汗

映画ポスター
兵舎の中に張られていた「バルトの楽園」と言う映画のポスターです・・・
てっきり「バルトの庭」と言う映画かと思っていました・・・
帰って調べますと、WIKIにこんな記事がありました・・・
バルトってバルト海の事かと思ったら、「ヒゲ」の事だったんですねぇ~・・・
サブタイトルに『第九の扉が開くとき 軍人は「人間」に帰る』と有ったり、映画の題名が『バルトの楽園』だったりするのは、矢張りベートーベン交響曲第九番がテーマに成っているのかと・・・
何か運命的な出会いを感じますねぇ~・・・

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4Comments

くぅ  

バルトってヒゲのこと?!
じゃ、バルト海はヒゲの海?(;´▽`lllA``

エンゲル祭3回で終わってしまったんですね。
集客が成功しなかったのかなぁ~
残念ですね。

2014/05/17 (Sat) 10:55 | EDIT | REPLY |   

@我楽多  

Re: くぅさん・・・

> バルトってヒゲのこと?!
> じゃ、バルト海はヒゲの海?(;´▽`lllA``
私もそう思って、バルト海の語源を探しました・・・(笑
英語でバルト海は the Baltic Sea と言います・・・
バルト海の名前の由来については諸説あって、リトアニア語のバルタス(Baltas。白い)が1580年ごろから baltic になったという説と、「まっすぐな」を意味するスカンジナビア語 balta に由来するという説が主流ですが、他にも諸説有るそうです・・・

> エンゲル祭3回で終わってしまったんですね。
> 集客が成功しなかったのかなぁ~
> 残念ですね。
まぁ~こう言う文化事業は、開催するのに相当なお金が掛かり、自治体の補助に頼っているのが現状です・・・
自治体の補助が無くなれば、終わらざるを得ません・・・
悲しい現実ですが、収益を上げるのが目的では有りませんから、致し方ないのかも・・・

2014/05/18 (Sun) 08:23 | EDIT | REPLY |   

やぢま  

>俘虜の中に、軍楽隊を経て上海工部局管弦楽団にヴァイオリン奏者として在籍したエンゲルという音楽家がいました

なるほど、そういう経緯だったのですね。
文化って不思議な形で伝わっていきますよね・・・。

お魚の瓶は、イタリアワインにこういうのがありますね。
どういう経緯でここに来たのかわかりませんが・・・。
もしかしたら、この瓶も数奇な運命をたどってきた歴史があったりして!?

2014/05/18 (Sun) 08:35 | EDIT | REPLY |   

@我楽多  

Re:やぢまさん・・・

> >俘虜の中に、軍楽隊を経て上海工部局管弦楽団にヴァイオリン奏者として在籍したエンゲルという音楽家がいました
>
> なるほど、そういう経緯だったのですね。
> 文化って不思議な形で伝わっていきますよね・・・。
まぁ~青島の守備隊は、民間からの義勇兵が多かったそうですから、いろんな職業の人が居たんでしょうねぇ~・・・
特に昔の軍隊では、軍楽隊が重要だったそうですから、結構音楽家が軍隊に入っていたのかもしれません・・・

> お魚の瓶は、イタリアワインにこういうのがありますね。
> どういう経緯でここに来たのかわかりませんが・・・。
> もしかしたら、この瓶も数奇な運命をたどってきた歴史があったりして!?
収容所内でもワインを作っていたそうですから、造ったワインを詰めるために集めたのかもしれませんねぇ~・・・
でも、イタリアワインの瓶が坂東に有ったとは思えませんから、ドイツ人の支援委員会から送られてきたのかもしれません・・・

2014/05/19 (Mon) 05:51 | EDIT | REPLY |   

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