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呉旅行しょの5・・・

魚雷など
呉の歴史展示室も全ては紹介しきれませんが、これ位にして次の大型資料展示室へやって来ました・・・
入り口を入りますと目の前には魚雷の推進部分が・・・
しかも当時の本物らしいんですが、主要部分が見えるようにカットされた物の様ですねぇ~・・・
一見すると錆びて腐って壊れて居るように見えますが本物のカットモデルのようです・・・
九三式魚雷は、それまでの魚雷の欠点であった射程距離の不足、航跡発生の問題を解決するため、圧縮空気でなく酸素を酸化剤として燃料と混合して燃焼させ、炭酸ガスを排気します・・・
炭酸ガスは海水に良く溶けるため、航跡が殆ど出ない利点があり隠密性が大きく前進したそうです・・・
又、燃焼効率も大きく上がったので高速化し、それに伴って航続力も長く成ったそうです・・・
魚雷に使用する酸化剤を、酸素にすることで利点が多くなることは広く知られていました・・・
しかし酸素の反応性の高さから、燃焼開始時などに簡単に爆発するという技術上の問題点が立ち塞がっていました・・・
各国は酸素魚雷の開発に力を入れていましたが、頻発する爆発事故で開発を断念していました・・・
しかし日本も酸素魚雷を実用化したものの整備性は良好とはいえず、爆発を防ぐためには充分なメンテナンスが必要でした・・・
奥に見える魚雷は九三式魚雷を小型化した九五式魚雷です・・・
人間魚雷回天
人間魚雷「回天」十型(試作型)です・・・
「回天」は九三式酸素魚雷を改造した全長14.7m、直径1m、排水量8tの兵器で、魚雷の本体に外筒を被せて気蓄タンク(酸素)の間に一人乗りのスペースを設け、簡単な操船装置や調整バルブ、襲撃用の潜望鏡を設けた。炸薬量を1.5tとした場合、最高速度は時速55km/hで23キロメートルの航続力があった。ハッチは内部から開閉可能であったが、脱出装置はなく、一度出撃すれば攻撃の成否にかかわらず乗員の命はなかった。(Wikiより転載)
「回天」はエンジンから発生する一酸化炭素や、ガソリンに含まれる四エチル鉛などで、搭乗員がガス中毒を起こす危険があることが分かっていましたが、これらに対して根本的な対策はとられなかったそうです・・・
また、操縦席には自爆装置がついていました・・・
ガス中毒などで気を失って前傾姿勢になれば、爆発する仕組みになっていて、たとえ命中しなくても二度と戻ってこられない兵器だったようです・・・
世界におけるテロ組織が、現在でも9・11の様な自爆テロを行っていますが、太平洋戦争末期の日本がそのような発想の先鞭をつけたと言われても、弁解の余地は無い気がします・・・

零式艦上戦闘機02
零式艦上戦闘機、通称「ゼロ戦」です・・・
有名な機体だけに人気も高いようですねぇ~・・・
このゼロ戦は、琵琶湖で発見された不時着水没機ですが、かなり綺麗に復元されてました・・・
当機はいろいろな経緯を経て和歌山県白浜のゼロパークより呉の大和ミュージアムが1億円で譲りうけた様です・・・
主翼に装備された20ミリと13ミリ機銃は零戦の中でも52型丙だけ付いている様です・・・
外側の機銃が13ミリで、その内側に付いているのが20ミリ機銃です・・・
主翼下の四基のロケット弾発射ラックもマリアナ海戦ごろから52型のみ付けられたそうです・・・
52型は昭和18年8月に完成し、改良を重ねて52丙型になりました・・・
52丙型は昭和19年秋に完成して、四基のロケット弾発射ラック、防弾式胴体タンクや装甲板を装備していたのが特徴の様です・・・
ですから、この機体は52丙型と言う事になりますが、何故か発見時に報道された62型とされて居ます・・・
何か気が付かなかった相違点があったんでしょうか???
「ゼロ戦」も機体の下にある250Kg爆弾や更に大きい500Kg爆弾を抱えて特攻していったのは悲しい事実ですねぇ~・・・

零戦機銃
ゼロ戦の機銃です・・・
口径の大きさから手前が13ミリ機銃、奥が20ミリ機銃の様です・・・
13ミリ機銃はベルト給弾のようですから、これも51丙型の特徴ですねぇ~・・・
高速での空戦で機体や翼には相当なストレスが掛かっているというのに、こんな重武装の機銃を軽量で華奢な翼から発射しても発射の反動で機体や翼が異常振動してしまい、弾道もぶれて命中は至難ではなかったのかと素人ながら考えてしまいますねぇ~・・・

栄エンジン
「栄」エンジンは、中島飛行機で最も多く生産されたエンジンで、零式艦上戦闘機を始めとして日本陸海軍の第一線機に搭載され、第二次大戦中の日本において終戦時まで量産され続けた日本を代表するエンジンでした・・・
零戦21型に搭載されたモノは940馬力だったと云う事ですが、零戦32型以降に搭載された「栄21型」は1,130馬力に出力が向上された物が搭載されたと云う事です・・・
展示されている「栄31型」はその改良版で水メタノール噴射装置が追加されているそうです・・・

海龍
航空機の部品を流用した世界初の有翼潜水艇です・・・
水中を航空機のように水中舵で自由に潜航・浮上することをめざして開発され、潜行用のタンクが無く構造が簡素化されて、戦後の潜水艦に先んじたデザインといえます・・・
操縦装置も爆撃機銀河から航空機用の操縦装置を流用していますが、これはジョイスティック装置と呼ばれ現代潜水艦の標準的な操縦装置になっています・・・
「海龍」は敵海軍の泊地襲撃を目的とし原則として攻撃後回収を前提として作戦投入されましたが、洋上で母船との会合は極めて困難で、実際は行きっぱなしの特攻的要素が高かったようです・・・
従ってこの「海龍」も、後期量産型は「回天」のように頭部に爆薬を装備し、本土決戦の特攻兵器として使用される予定だったようです・・・

各種砲弾
戦艦「大和」などで使用された46センチ主砲弾や、戦艦「陸奥」などで使用された41センチ主砲弾をはじめとした各種砲弾や火薬缶などだそうです・・・
一番奥が九一式46センチ徹甲弾(1460Kg)、その手前が46センチ三式弾(1360Kg)だそうです・・・
大和の46cm砲は、一般的な砲戦距離とされている2~3万mではあらゆる戦艦の装甲を撃ち抜く事が可能だそうです・・・
でも1944年10月25日サーマル沖海戦で大和は主砲弾104発を撃ったと言いますが一発の命中弾も無かったとの事です・・・
誰が考えても標的の左右移動は射撃調定が簡単でしょうが、反航・同航で自艦との軸芯が数度違う場合や、自艦の速度・針路・上下左右の動揺。標的の速度・針路とを考えると、30秒後の標的に命中させることは至難の技だったでしょうねぇ~・・・

大和ミュージアム屋内展示や屋外展示もまだ沢山ありますが、もう既に12時半を過ぎて居ます・・・
そろそろ食事をしておかないと食事も混雑して時間を取られます・・・
次の予定もありますから、残念ですがここで大和ミュージアムを出て呉ゆめタウンへ食事に行く事にしました・・・
でも、大和ミュージアムにはもう一度空いている時に来て、ゆっくり見たいと思います・・・
やまとミュージアムを得心いくまで見ようとすると3時間半では全く足りなくて、4~5時間は掛かりそうですねぇ~・・・
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