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呉旅行しょの2・・・

大和模型全景
やっとこさやまとミュージアムに入れました・・・
先ずは1階大和ひろばに入ると眼前にドカァ~ン!と大和の1/10模型が!!!
で、で、でかい!!!しかも精細!!!
もうこれは模型という範疇を超えて実船を遠くから見て居る感じすらする程の緻密さと存在感で、1/10でもこの圧倒的な大きさには魅了されてしまいます・・・
周りの人間と比べてみて下さい・・・
このミュージアムの人気の高さはやはり大和の模型の精密さと存在感でしょうねぇ~・・・
一体この模型を制作するのに幾らぐらい掛かったんでしょうねぇ~???
少なくとも、この3倍の大きさの貨物船を造る手間と費用以上のものが掛かっていると想像してしまいました・・・
船体は鉄板で造られているそうですが、造船所で造られただけ有って綺麗な曲線が出て居ます・・・
この厚い鉄板の3次元曲線をバーナーと水道の水だけで曲げる技は何時見てもほれぼれします・・・
鉄板って溶接しても熱歪みが出ますから、溶接の度に歪み取りをしないといけませんから、これだけの船体を造っ更に何個かのブロックに分けて作って居るでしょうから、そのブロックに溶接したりブロック同士を溶接するのも大変です・・・
私が大和に興味を持つのは、長さに比べて幅が広い事・・・
通常船は長さに比べ幅が狭いと同じ馬力でも出る速度が早くなります・・・
その為、バルバスバウを採用して造波抵抗を軽減し、8%もの速度向上に成功しています・・・
このバルバスバウ(球状船首)は今も少し形を変えて各種の船に採用されています・・・
バルバスバウの理論は、船首が造る造波を半波前にある球状船首が造る造波で打ち消すという理論です・・・
私もこの理論をヒントに船尾波の軽減を考えた事がありますが、船尾は船体やスクリュー、舵などで造られた乱流があるので海水に直接エントリーする船首ほど簡単ではなく、中々理論通りにはいかず途中で挫折しちゃいました・・・
推進器部分
大和は舵も独特で、主舵と福舵が中心線上に一直線上に並んでいます・・・
其れまでの船は舵が2つ平行に付けられていましたが、大和ほどの巨大船になると操舵してから実際に回頭始めるまでに相当な距離を走ってしまいます・・・
其れでは魚雷や航空機からの爆弾を避ける事が出来ませんから、巨大船では運動性が問題になります・・・
推進器は4軸のようですが、当時可変ピッチプロペラなんて有る訳もなく、おそらく後進用タービンが採用されていたでしょうから変速機を介してスクリューを反転させて操舵を助けたと思いますが、後進用タービン主タービンの半分くらいしか出力がないのでクラッシュ・アスターンでも操縦性がどれくらい上がったのか疑問です・・・
舵のアスペクトレシオも低いようですし・・・
普通に考えると主舵の前に福舵を置くと、主舵に流れる水流が乱れて主舵の効きが悪くなると考えるんですが・・・
其れよりも主舵のアスペクトレシオ(縦横比)を高くした方が舵の効きが良くなると思いますが、抵抗も増えるので痛し痒しですねぇ~・・・
船底近くは船底との摩擦抵抗で乱流が出来たり、水流の速度が遅くなるのが通常ですから、福舵の効果には疑問があります・・・
何れにしても主舵の面積が排水量に対して小さいような気もします・・・
もう少し大きい方が運動性能が良かったのではないかと思います・・・

右舷から全景
大和の前方上方から写した物ですが、大和は戦艦として幅が異常に広いのがお解りだと思います・・・
船は先に書きましたが、長さが同じなら幅が狭い方が同じ馬力なら幅が狭い方が速度が出ます・・・
これは長さ/幅比で計算できますが、此処でそんな事を言っても判りにくいので・・・
其れより第1主砲から後部砲塔に掛けてバルジが張り出しているのにお気付きでしょうか???
これは大和以前からの水面下防御で、船体の外にバルジを張り出す事により水密区画を倍増して魚雷攻撃を受けても簡単に沈没しないよう設計した物ですが、舷側装甲板の継手構造に設計上の問題があるとした報告もあるようです・・・
大和は大きな排水量に対し、相対的に短い全長、広い船幅という肥大船型です・・・
排水量は水線長で前から60~70%当たりに集中しているように見えました・・・
旋回性は肥大戦型の為、良好でしょうが、舵が小さいのと肥大船型のため針路安定性は良い方ではないと思います・・・

天1号作戦時の戦型
これは天1号作戦の時の戦型を水線模型で再現した物ですが、大和の幅広さがお解りと思います・・・
回りの船は駆逐艦ですが、それと比べても大和の幅が相当広い事が判ると思います・・・
これはおそらく47センチの巨大な主砲を装備するための強度と防御や安定性を追求した結果だとされて居ます・・・
しかし、これだけの肥大船型を設計して造った経験が、後の巨大タンカーの設計・造船に貢献したんでしょうねぇ~・・・
国破れても培った技術と経験は決して無くならないという見本みたいな物でしょう・・・

大和沈没状況02
大和は日本海軍の象徴と言った面が強いと思いますが、一方では違う象徴でもあります・・・
沈没地点は把握されましたが、大和と一緒に沈んだ3000人余りの墓標は未だにこうして冷たい海底に沈んだままです・・・
大和がこのままで良いのかどうかは私にはよく判りませんが、大和が乗組員3000人の墓標である事には変わりは無いでしょう・・・

大和沈没地点
大和の沈没地点を記した図面にはこう言う文言が書かれていました・・・
「今ナホ埋没スル三千ノ骸 彼ヲ終焉ノ胸中果シテ如何」・・・
英霊に安らかにお眠り下さいと祈らずには居られませんでした・・・
今の日本の繁栄はこう言う貴い犠牲の上に成り立っていると自覚したいと思います・・・
大和に乗り組み、大和と共に沈んだ乗組員の家族にとって、大和は戦艦ではなく墓標なんでしょうねぇ~・・・
でも、これは大和の責任ではなく、作戦を企画・指揮した海軍首脳と言う人間側の責任でしょう・・・
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