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沖縄旅行5日目・・・しょの1

識名園入り口
えぇ~ピアノレッスンで一時中断していましたが、沖縄旅行記を再開いたします・・・
とりあえず今日と明日で沖縄旅行記を連続アップして終わらせ通常の更新パターンに戻りたいと思います・・・

今日は沖縄旅行最後の日です・・・
今朝起きてテレビを見ていたら北朝鮮のテポドンは海にポッチャンしたみたいで大笑いしちゃいました・・・
各国の報道陣を呼んで大々的に宣伝しようとして失敗しましたでは逆効果ですねぇ~・・・
さて、テポドンは放って置いて、ホテルをチェックアウトしてレンタカーに荷物を積み込み出発です・・・
今日の14時がフライトですから、食事もありますし12時位には那覇空港へ着きたいと思っていますので、ショートドライブで「識名園」(しきなえん)へ行く事に・・・
此処も世界遺産に登録されているそうですから、沖縄の世界遺産は5つ制覇した事になります・・・
ところがカーナビの道路情報が古くて識名園への上がり道が判りません・・・
どうも最近道路整備されたようで、道の様子が全くカーナビの地図と合いません・・・
当然カーナビもヘンテコな道を案内しますし・・・
こりゃぁ~駄目だ!!!とばかりに標識を頼りに行きますとやっと識名園の駐車場へ辿り着きました・・・
ん~変にカーナビを頼っても駄目ですねぇ~・・・
識名園は琉球王最大の別邸で国王一家の保養や中国皇帝の使者である冊封使(さっぽうし)の接待の場にも利用されていたそうです・・・
早速入場料一人400円を支払って中へ・・・
処で、入り口を入って順路は右へ行きますが、左側に世界遺産に指定されたという石碑が有るのに気が付きました???
次に行かれる時には確認されたら良いかもです・・・
正門
正門です・・・
順路に従って歩いていくと最初に通用門、次ぎにこの正門があります・・・
昔は身分によって使う門が違っていたようです・・・
門から続く琉球石灰岩の石畳の道は緑のトンネルの中を通って涼しい風も吹いてきます・・・
暑い沖縄でならではの気遣いでしょう・・・

育徳泉
「育徳泉」(いくとくせん)と名付けられた井戸です・・・
上部にあるのは「育徳泉」と「甘醴延齢」と刻まれた石碑があり、「(国王が)ここの泉を飲み、徳を育んで欲しい」という思いが込められているそうです・・・
この泉に生える淡水産の紅藻類「シマチスジノリ」は国の天然記念物だそうですが、どれがそうなのか良く分かりませんでした・・・

御殿
育徳泉を越え、しばらく緑のトンネルを行くと沖縄独特の家が見えてきました・・・
「御殿(うどぅん)」です。
「うどん」かぁ~って良く読むと正式には「うどぅん」と読むそうです・・・
ひょっとして沖縄県人は「うどん県」を「御殿県」と思って・・・ないな・・・〔笑
ここで王様が休まれたり、国外からの客人をもてなしました・・・
赤瓦屋根の民家風ですが、当時は上流階級のみが許された格調高い造りだったそうです・・・

石橋02
「御殿」の前の「心字池」(しんじいけ)には石橋が2つ掛かっています・・・
向かって左の石橋がやや大きく、どちらも中国風のアーチ型をしています・・・
手前の小さいほうの石橋は凸凹していて、自然の石灰岩をそのまま利用していて、中央の階段は切石を使っています・・・
奥の石橋は、全て切石でできていて直線的なイメージですねぇ~・・・

六角堂
石橋を渡って池のほとりを左に行くと六角形の東屋があります・・・
写真は御殿から見た六角堂で、池の中の小島に建てられているので、御殿から見ると水に浮かんでいるようにも見えます・・・
六角堂の屋根は御殿と違い黒い瓦で葺かれていますねぇ~・・・
六角堂の中には『六角堂については、明治時代までは四角の入母屋づくりの建物であったことが、写真資料からわかっていますが、一体いつから「六角」になったのか、よくわかっていません。このほど、大正5年4月29日(土)付けの琉球新報記事から、その時点までは「四角」であったことが確認できました。』と説明書きがあり、琉球新報の新聞記事のコピーが展示されていました・・・

船揚げ場
心字池の一番奥に「船揚場」(ふなあげば)があります・・・
船揚場には石畳が緩やかに傾斜しながらそのまま水の中へと続いています・・・
かつて琉球の王族はここから船を漕ぎ出して庭園の風流を楽しんだのでしょうかねぇ~???

琉球石灰岩の石畳
船揚場から琉球石灰岩の石畳を上がっていきます・・・
園内の遊歩道はこういった木陰で気温は高いんですが、涼しい風が吹いてきて暑く感じません・・・
しかし琉球石灰岩の石畳や階段は凸凹して居るし穴が沢山空いていますからハイヒールのカミさんは歩きにくくて困っていました・・・
途中で買ったサンダルを履けば良かったんでしょうが、今日は帰るのでスカートにハイヒールでお洒落したかったんだと思います・・・

<勧耕台からの眺め
多分識名園で一番高い処なんでしょう・・・
素晴らしい展望で、意外と高い所だと判ります・・・
眼下に広がっているのは現在の市街ですが、昔は一面田畑や山で、すごく広く感じられただろうと想像できますねぇ~・・・
「識名園」は高台に作られていますが、何処からも海が見えない様に作られています・・・
其れは琉球が大きな国だと言う事を感じさせる為だったそうです・・・

勧耕台の石碑
観耕台の傍らに石碑があります・・・
説明板には、『 観耕台碑(かんこうだいひ) 「観耕台碑」は1838(道光18)年に尚育王の冊封正使林鴻年が題したもので、手入れの行き届いた田畑を見て、王が心から人々を励ましているとたたえたのです。もとの碑は、戦災を受けて破損したため、1980(昭和555)年に拓本をもとにして復元したものです。』と書かれていました・・・

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