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四国村へ・・・しょの11

旧前田家土蔵 (2)
醤油蔵を過ぎると旧前田家土蔵があります・・・
壁には珍しい「水切り瓦」が付いて居ますねぇ~・・・
確かこれによく似た土蔵を高知県で見たことが有ります・・・

腰壁なまこ壁土蔵
これは今年室戸市に行った時、吉良川町と言う所に建っていた水切り瓦付きなまこ塀土蔵です・・・
矢張り屈指の台風銀座と言われる室戸に建つ土蔵ですから壁面を台風の風雨から守る為にこう言った水切り瓦とか腰壁をなまこ塀にしているんでしょうねぇ~・・・
この土蔵も結構壁面の漆喰が痛んでいますねぇ~・・・
今なら風雨に耐えるような良い壁材も有るんでしょうが、昔は石灰岩から取れる漆喰が火災や風雨から建物を守るのに最適な壁材だったんでしょうねぇ~・・・
更に水切り瓦や腰壁をなまこ塀にして風雨や火災から建物の守りに万全を期したんでしょうねぇ~・・・
旧前田家土蔵
旧前田家土像の説明板です・・・
矢張り思った通り高知市布師田に有った土蔵の様ですねぇ~・・・
高知県は有数の台風の通り道ですから横殴りの雨が壁を傷めない様、何段かの水切り瓦を付けています・・・

旧丸亀藩斥候番所
旧前田家土蔵の先には旧丸亀藩斥候番所が有ります・・・
説明板では讃岐と伊予の国境箕浦港に建てられた地元民が詰めていた斥候番所だそうです・・・

旧丸亀藩斤候番所軒瓦
屋根瓦の軒先瓦には丸亀藩主京極家の家紋が入っています・・・
軒先瓦には昔からお寺や武家屋敷では家紋、民家では唐草文様や巴紋を入れていたそうです・・・

旧丸亀藩斤候番所説明
旧丸亀藩斥候番所の説明板です・・・
「斥候」とはこっそり敵状を探る兵士と言う意味ですが、大化2 (646) 年,大化改新の詔に初めて壬申の乱の直前,近江朝廷側が大海人皇子側の様子を探るために利用したらしく古くから有ったようですねぇ~・・・

火の見やぐら
旧丸亀藩斥候番所前に建つ火の見櫓です・・・
矢張り斥候は敵をうかがい見て非常時には半鐘を打って急を知らせたんでしょうか???

しかし江戸時代は兵農分離で兵士は農民では無く兵士として専業に成っていたはずなんですが、斥候として番所に詰めていたっていうのは一寸信じられない感じがしますが、矢張りその地方の地形や事情に詳しいのは地元民だと言う事なんでしょうか???
まぁ~斥候とは「戦闘の際,敵情,地形などを偵察,あるいはひそかに監視するため,本隊から派遣される単独兵または小人数の部隊。その偵察行為そのもの」とコトバンクに掲載されて居ますが、戦闘以外の日々でも敵情を探ったりするためにこう言った番所が作られていたんでしょうか???
それとも映画「八甲田山死の行軍」の様に地理に詳しい地元民を「教導」として雇っていたんでしょうかねぇ~???
しかも兵士なら警戒されるかもしれませんが、地元民なら行き来しても警戒されることも無かったのかもしれませんねぇ~・・・
まぁ~常々警戒を怠らなかったと言う用心深さの証なのかもしれませんねぇ~・・・
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