我楽多写楽

写真道楽の我楽多が日常の徒然を書いてみます・・・

鼓岡神社・・・しょの3

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鼓岡神社由来
鼓岡神社の境内には杜鵑塚と言う塚が有る様ですし、付近には内裏泉、菊塚、盌塚(わんつか)、などが有る様ですから探してみましょうかねぇ~・・・
「鼓岡神社の石段の右手には小さな五輪塔が2つほどあります。これは上皇が鼓岡で過ごされていたころ,ある日ホトトギスの声を聞かれて都を深く思い出され, 『なけば聞く 聞けば都の恋しさに この里過ぎよ 山ほととぎす』 とお詠みになられたところ,これを聞いたホトトギスは,自らさえずるのをやめたという言い伝えによるものです。
 その後も,鼓岡の周辺ではほととぎすが鳴かなくなったといわれ,昔はこの地をなかずの里と呼んだといわれています。」坂出市HPより
と言う伝説からホトトギスを供養して杜鵑塚を建てたそうです・・・
では早速杜鵑塚を探しましょうか・・・
狭い境内ですからすぐに見つかるでしょう・・・

杜鵑塚
しかし杜鵑塚を見くびって居ました・・・
いくら探しても見つかりません・・・
坂出市のHPに書かれている「石段の右手には小さな五輪塔が2つほど有る」と言う記述から五輪塔を探しましたが見つかりません・・・
どうも注連縄が貼られているこの石が怪しいのですが、聞く人も居ません・・・
スマホで画像を検索してどうもこれらしいと写真を撮りました・・・

内裏泉
鼓岡神社の付近に内裏泉が有ると書かれて居ましたので、探しますと神社西側にこんなものを見付けました・・・
どうやらこれが内裏泉の様ですねぇ~・・・

内裏泉説明板
内裏泉にはこんな説明板が有りました・・・
どうやら上皇が生活するのに使った井戸の様です・・・
未だに水をたたえて居て枯れる事は無いそうです・・・

国府跡
鼓岡神社の北約200m位でしょうか?讃岐国府跡が有ります・・・
画像左側の屋根の有るところが木ノ丸殿の有った鼓岡神社です・・・
此処からだと木ノ丸殿の上皇の動きがすべて手に取る様に判りますねぇ~・・・
きっと国府の強力な監視下で生活されていたんでしょう・・・

国府跡02
「崇徳院は讃岐国での軟禁生活の中で仏教に深く傾倒して極楽往生を願い、五部大乗経(『法華経』・『華厳経』・『涅槃経』・『大集経』・『大品般若経』)の写本作りに専念して(血で書いたか墨で書いたかは諸本で違いがある)、戦死者の供養と反省の証にと、完成した五つの写本を京の寺に収めてほしいと朝廷に差し出したところ、後白河院は「呪詛が込められているのではないか」と疑ってこれを拒否し、写本を送り返してきた。これに激しく怒った崇徳院は、舌を噛み切って写本に「日本国の大魔縁となり、皇を取って民とし民を皇となさん」「この経を魔道に回向(えこう)す」と血で書き込み、爪や髪を伸ばし続け夜叉のような姿になり、後に生きながら天狗になったとされている。崩御するまで爪や髪は伸ばしたままであった。」・・・WIKIより
きっと誠意が認められず失意のあまり怨霊となったんでしょうねぇ~・・・
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